【超古典】 主語の省略は怖くない
パスナビの読者のみなさん、こんにちは。
神田邦彦です。
「ラヴソングは歌えない」の連載、楽しんでくださっていますか。
前回で、全99話のうち、第一章の34回が終えました。
ここで、ほんの少しだけ休憩して、古文読解のちょっとしたコツみたいなものをお話ししたいと思います。
よく、「古文は主語が省略される上に、一文の中でころころと主語が変わるから、何がなんだか、分からない」というような悩みを聞きます。
ここで、一番大切なこと。
「省略されるから、分からない」
と考えていると、いつまで経っても古文は分かるようになりません。
「書かなくても分かり切っているから、省略される」
というふうに、発想を転換することから始めてみてください。
考えてみれば、当然です。
「誰にも分からない主語なら、書かないと分からない」のです。
そういう主語は、必ず書かれます。書かなくても分かる主語だから、省略されるだけの話なのです。
日本語では、この「書かなくても分かる主語は省略される」ということは頻繁に起こります。まずは、現代語で考えてみましょう。
日本語では、この「書かなくても分かる主語は省略される」ということは頻繁に起こります。まずは、現代語で考えてみましょう。
(例文)昨日、叱られたばかりだったので、少し気まずかったけれど、「おはようございます」と元気よく申し上げたら、「いい挨拶だね」とほほ笑んでくださった。
ここで問題。
「おはようござます」と言ったのは誰ですか?
「いい挨拶だね」と笑ってくれたのは誰ですか?
主語はまったく書いてありませんが、だいたい想像はつくのではないでしょうか。
「ほほ笑んでくださった」のは、「くださった」と尊敬語が使われていることから、多分「先生」など、筆者よりも目上の人でしょう。一方、「元気よく申し上げた」というところには、尊敬語は使われていません(『申し上げた』は謙譲語です)。従って、「申し上げた」の主語は、筆者にとって、敬意を払う必要のない人ですね。しかも、主語が示されていませんから、通常「自分自身」と考えるのが自然です。これが、「太郎君」だとか「花子さん」だとか、自分以外の人であったら、省略されるはずはありせん。書いてくれなければ、絶対に誰にも分かりません。
また、「叱られる」という語も、この文に含まれる人間関係を想像させてくれます。常識的に考えれば、「先生が生徒を叱る」という構図が見えてきますよね。
したがって、先の例文に、主語など人間関係を示す言葉を補うと、
(例文)昨日、私は先生に叱られたばかりだったので、少し気まずかったけれど、私が先生に「おはようございます」と元気よく申し上げたら、先生は「いい挨拶だね」とほほ笑んでくださった。
のような感じの文であることが分かります。まったく難しい推理ではありません。分かりやすい文にはなりましたが、むしろ、なんだかくどい感じがして、言葉を省略したくなりませんか?
古文でも同じです。敬語やその他の情報があり、主語を書かなくても、必ず内容が分かる、(むしろ、書くとくどい感じがする)から、誰にも分かり切った主語を省略するだけの話なのです。
(例文)月ごろ(=数か月)、待ちたるに、ゆくりなく(=突然)、来たまへり。
さて、「来たまへり」の主語は誰でしょう?
「たまふ」と尊敬語が使われているので、語り手から敬意を払う必要のある人ですね。
一方、「待ちたるに」の主語は誰でしょう?
尊敬語が使われていません。また主語が示されていません。これだけの情報で判断するのなら、「私自身」だと判断するしかありません。「私」以外なら、書かれなければ分からないからです。
以上のことは、「敬語」の有無という情報から推理できることです。
(例文 訳) 数か月、私が待っていると、突然、A様がいらっしゃった。
みたいな内容の文ですね。
さらに、ここで、「待つ」という動詞のことも考えてみましょう。古典の中で「数か月にわたって待ち続ける」とあったら、まずほとんどの場合は、「女性が男性の訪れを待っている」場面です。「待つ」のは女性。「来る」のは男性です。こういったことは、当時の結婚形態「妻問ひ婚(男性が女性のもとを、夜訪れることで婚姻が成立する)」から推理できることです。現代語の例文で、「叱る」から、人間関係を推理できたのと同じようなものですね。
敬語・社会常識、そのような情報が、筆者と読者で共有されているので、わざわざ「主語」を記さなくてもよいのです。
以上、推理してきたことを、すべて補うと、先の例文は、
「私が、数か月、殿方の訪れを待っていると、突然、殿方がいらっしゃった」
という内容の文であることが分かります。この殿方は、その動作に対して尊敬語が使われていますから、しかるべき地位の人のようですね。
「私が、数か月、A大臣の訪れを待っていると、突然、A大臣がいらっしゃった」
のような感じでしょうか。どうやら、この文は、女性の日記の一部のような気配も感じられてきます。
なんだか、推理小説を読み解くようで楽しくありませんか?
この推理小説を読み解いていく証拠が、「敬語」や「古典常識」ということです。この証拠のうちでも、最重要なものは、当然「敬語」です。古文のいたるところ、証拠だらけというわけです。証拠の見つけ方、読み解き方さえ知ってしまえば、こちらのものですね。
実は、受験生が覚えなくてはならない敬語は、せいぜい40語程です。たったそれだけの単語を正確に覚えるだけで、一気に古文の読み方が変わってくると思います。
『ミラクル古文単語396』では、それらの単語はもちろん、巻末には、「敬語総論」として、敬語の基本的考え方が理解できるように、詳しい説明を載せました。ぜひ、『ミラクル古文単語396』で、敬語のスペシャリストになってほしいと思います。
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それでは、次回から、「ラヴソングは歌えない」の第二章が始まります。
掲載された古文単語の詳しい説明は、一単語一単語、本書の左ページにありますので、そちらも参照してもらえると幸いです。
それでは、第二章をお楽しみください。