【超古典】アナザー・ストーリー ~奈美編~(2)
【2】
たまさか(偶然)、卒業式の日だった。CDの発売キャン
ペーンを兼ねて、「きんだち」のFM音楽番組への生出演が決
まった。そういうプロデュースに関しては、九重ミュージッ
クの手配は、らうらうじく(洗練されていて)、をさをさ
しき(もの慣れた)ものだった。
ところせき(窮屈な)ラジオ局のスタジオに入ると、例の
(いつものように)ふっと音がなべて(すべて)私からかる
(離れる)ように感じた。防音の行き届いた空間に入ったと
きの感触だ。つゆ(まったく)反響音のない空間に入ると、
気持ちが凛とする。かつ(一方で)、どこかかたはらいたく
(いたたまれず)、やさしくも(肩身が狭くも)おぼへて
(感じて)あやし(奇妙だ)。
DJのをみな(女性)の質問に、隆司がいらへたり(答え
た)。
「月頃(ここ数カ月)、デビュー曲につきづきしき(ふさ
わしい)曲を、あらたしきどち(新しい仲間)で作り込み
ました。ベースの奈美のメロディが、俺の歌詞にぴったりハ
マったのが大きいかな」
「奈美さんが、作曲したんですか」
DJの質問に一瞬だけ、息を呑んで、
「はい……」
と、小さく答えた。隆司が曲名を言って、デビュー曲『な
死にそ』がオンエアされた。
ワンコーラス終えた時だった。ジーンズのポケットに入れた
携帯が震えた。携帯たまづさ(携帯手紙:メール)の着信
だった。
「なんだ、奈美、携帯ぐらい切っとけよ。なめきことかな
(失礼だぞ)」
隆司に叱られる。DJも苦笑してしはぶきたり(咳払いを
している)。
電源を切ろうとして、携帯を開いた。携帯たより(携帯
手紙:メール)の送り主の名前が見えた。
淳一だった。オンエアを聞いて、すなはち(すぐに)消
息(たより・連絡)を送ってきたのだろう。電源を切ろう
としたときに、また携帯が震える。今度は、弘樹の名前が待
ち受けに表示された。二人だけではなかった。やがて(す
ぐに)、瞳からの携帯ふみ(携帯手紙:メール)が続いて、
最後に愛の名前も表示された。
「いい加減にしろよ。こちたく(ひどく)ゐやなし(無作
法だ)」
隆司が繰り返して、私は電源を切った。
本当は、メールの内容を、いますぐにでも、ゆかしく(知
りたいと)思った。おぼつかなく(もどかしくて)おくゆ
かしき(とても知りたい)思いに駆られる。
電源が落ちていくのを確かめながら、私は、「かまへて
読むべからず(決して読んではならない)」と、心に誓った。
メールを開いたら、私の負けのような気がした。みんなに
負けるんじゃない。自分の選んだ道に負けるような気がする。
もちろん、削除もしない。ずっと携帯の中で、読まないま
ま、とっておこうと思った。
『な死にそ』が終わって、DJと隆司とのトークが続いた。私
は机の下で携帯を握ったまま、ときどき相槌を打つだけだっ
た。隆司が二曲目を紹介する。
「それでは、次の曲。今回のCDのカップリング曲です。『さ
らなり(言うまでもない)』」
『な死にそ』とは逆に、隆司の曲に、私が詞を添えた。
この電波の先で、淳一や弘樹や瞳、そして愛が、私の曲を
聴いているのだと思った。
きよらなる(清らかで美しい)イントロに続いて、えん
なる(しっとりと美しい)バラードが始まる。
♬「さらなり、さらなり(言うまでもない、言うまでもない)。
言ふもさらなり(言うまでもない)。
言へばさらなり(言うまでもない)。
言ふもおろかなり(言うまでもない)。
せむかたなきことなれば(どうしようもないことなので)、
言はむかたなし(言っても仕方ない)。
念じ続けて(我慢し続けて、祈り続けて)、
いみじう(たいそう)、せちに(切実に)、
ひたぶるに(一途に)」
私は、電源の切れた携帯を、机の下でギュッと握った。
黙ったまま瞳を閉じて、この歌の先にいる、たくさんのリス
ナーのことを思った。
(『ラヴソングは歌えない』アナザー・ストーリー
~奈美編~ 【了】)
パスナビブログの読者の皆さん。
最後までお付き合い頂き、本当に有難うございました。
これで、パスナビの『ラヴソングは歌えない』の連載は終了です。本の方の完結編では、「愛」や「ピュア・エイジ」のその後が、7章、14頁(172古文単語含)で描かれています。ぜひ、そちらも手にとって、この「奈美編」と一緒に楽しんでもらえると幸いです。
本の完結編では、『ラヴソングは歌えない』という表題の秘密や、本の「ネオンライトのブックカバー」の秘密なども分かったりします。
実は、僕は、古文の教員として教壇に立ちながら、教職員バンド「パンピーズ」のギタリストとして20年間ステージに立ってきました。また、「榊邦彦」という名前で、小説も発表しています。ということで、この『ラヴソングは歌えない』は、「古文」+「バンド」+「小説」という、僕が今までの人生で長い時間をかけて取り組んできたものを合体させた、思い出深いものとなりました。
長くお付き合い頂いた旺文社の方々、そして、何よりも読者の方々に、もう一度お礼を申し上げたいと思います。
有難うございました。
もしも興味を持ってもらえたなら、榊邦彦の方の単行本も楽しんでもらえると嬉しい限りです(ちょっと宣伝)。
詳しくは、
・榊邦彦's OFFICIAL WEBSITE
・榊邦彦's Official Blog
をご覧ください。
それでは、皆さん。
またお会いしましょう。
お元気で。
神田邦彦

